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諒

「転職・失業を10回経験」し、「キリスト教(名古屋/東京)・統一協会」にはまり、「ネットワークビジネスなどで1,200万円自己投資して上手くいかなかった」後、アフィリエイトブログで月収100万円を達成した僕がまとめました♪

 

転職10回経験を経て3回目で起業成功した漢の体験談ブログは?20代〜30代の12年で月収100万円達成した強烈な影響力のある男の激動人生を知りたい!

 

そんな思いで、あなたはこのサイトにたどり着きましたよね?

 

僕は「12年の貧乏生活」「自己投資1,200万円」「借金生活6年」「失業保険3回受給」「転職・失業10回」という貧乏人生経験をしてきました…。

 

 

そしてそんな「ダメダメな未熟者から一人前の起業家に到達した人生」を赤裸々に語ることで「あなたの自尊心を復興する気づきを提供していきます♪

 

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この記事を通して少しでも「ラクで快適な人生を作るサポート」をするので、ぜひ参考にしてください♪

 

この記事を読むメリット

「自分を大切にするコツ」が分かり、自尊心(誇り)が高まる

辛いのは自分だけじゃないという安心感が手に入る

1mmでも今の現実を変えようという“勇気”と“情熱”が手に入る

 

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【22歳】会社員人生を諦めた3ヶ月退職

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僕の人生は、【22歳】会社員人生を諦めた3ヶ月退職という情けない始まりからスタートしたので、そこからお話ししていきます。

 

手取りを貰って愕然とした4月

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僕は「地元・名古屋で“社員200人程度の軽自動車販売会社のルート営業マン”」として働き始めたのですが、そこで手取りを貰って愕然とした4月からスタートしました。

 

正直言って当時の僕は「転職活動を舐めていた」ので「車好きだから車の会社で、文系大学卒で口が上手いから営業、楽そうだからゆるそうなルート営業マン」という程度で就職しました。

 

※実際「就職活動は自動車営業マン募集の3社に応募して、2社最終まで受かったので、1社に絞って内定獲得」という流れで、全然活動していませんでしたから…。

 

 

そしてお金に関して入社前は気付かなかったのですが、年収は「基本給20万円(別途インセンティブ)+賞与年2回」な一方で、入社前に「一人暮らしか?実家暮らしか?」を事前確認されていたのです。

 

それを最初は疑問に思っていなかったのですが、入社して初任給を貰ってから真実が分かりました。

 

なぜなら入社後に「社員自家用車制度」「確定拠出年金」という別途支出金額が発生したので、想定以上に手取りが少なかったのです!

 

入社当時に実家暮らしか?確認された理由

基本給20万円-各種税金(約3万円)-確定拠出年金(約1万円)-社用車購入維持ローン(月3万円)=手取り約13万円

 

このように「アルバイト+αの月収」しかなかったので、入社1年目に一人暮らし生活はほぼムリだったのです!

 

もちろんインセンティブ達成により、約5万円程度上乗せすることができる見込みがあったのですが、それでも約20万円程度でしたから…。

 

※社員自家用車制度について、トヨタの営業マンは「月5千円程度」で車を全て管理できたそうなので、組織規模によって各社員の負担は異なるようです

 

半泣きの4月後半〜5月前半

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そして「入社1〜2週間は本社で軽く研修を行い、その後は2週間各支店で挨拶回りを行う」という慌ただしい4月前半を終え、半泣きの4月後半〜5月前半となりました。

 

なぜなら僕は4月で挨拶回りを済ませた場所を中心に、係長からは「とにかくパンフレットを新しいのに変えに行ったり、顔を見せてこい!」という指示しかなかったのです…。

 

そして案件の話が出たら「モータース屋の社長と係長を繋いで、値引き交渉を依頼する」という繰り返しでした。

 

 

しかも不運なことに、僕は「名古屋でも比較的治安が悪いエリア担当」となり「気性が激しいモータース屋の社長VS気性の激しい係長」に挟まれたので、とにかく胃が痛かったことを覚えています…。

 

その上「前任者がムチャクチャな値引きで台数を稼いでいた担当地域」だったので、係長に確認するたび、なぜか俺がキレられたのです!

 

「なんだその値段は?!」「そんなに割り引いたら赤字だってクソジジイに言っとけ!」といった切り返しで、僕は間に挟まれてオロオロしていました。

 

 

挙げ句の果ては、僕の入社した2009年は「リーマンショック真っ只中」だったので、かなり高額な割引を吹っかけられるなど「どこを回っても怖い社長がピリピリしてる現場」の繰り返しだったのです。

 

しかも担当エリアに「極道事務所」が何箇所かあったのもドキドキで、営業周りの運転が毎日ピリピリムードだったこともストレスでした…。

 

不眠で退職を決めた5月〜6月

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そして当時は「実家暮らし・彼女を作った経験なし・親にも先生にもYESMANで自分に自信なし」という無いない尽くしのダメ人間だったので、結局不眠で退職を決めた5月〜6月を経験しました。

 

幸か不幸か?「会社の所在地が自動車王国愛知+僕の担当エリアは比較的売り上げが上がった」のですが、それが僕のストレスを加速させました。

 

確認が未熟でキレられた経験

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まず退職を決めた出来事の一つに、確認が未熟でキレられた経験があります。

 

僕の場合「個人で各モータース屋を回るルート営業」だったので、営業所に帰っても受注や発注作業を教えてくれる人間がいなかったのです。

 

もちろん最初に「発注を専用システムに落とし込むやり方」は教えてもらいましたが、それ以降聞ける人が周りにいなかったので、発注が中々スムーズに出来なかったのです。

 

 

そのためある時は、取引先のベテラン営業マンに「追加料金なしのピュアホワイトor追加料金ありのパールホワイト」を確認した時に、説明不足でキレられたりしました…。

 

キレられた体験談

僕=車のお色は白で良いんですよね?本当に白で大丈夫ですか?白ですね?白なんですね?

取引先=チッ!何回も同じこと聞きやがって?あぁ?白ったら白だ!そんなことも分からんのか!?何回も言わせやがって、ウゼェな!テメェ!

 

このように何度も「同じことを聞いてしまい、本当に聞きたかった“無償or有償”のどちらか?」を聞きそびれたのです。

 

そして結局「無償のほうの白」だと勝手に決めて納車をしたのですが、納車後しばらくは「色が違うぞボケ!」といったクレーム電話が来ないかヒヤヒヤしましたし、その後電話恐怖症にすらなりました。

 

取引先の車にぶつけてパニック

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受注処理以外に、取引先の車にぶつけて夜がパニックになった経験も鮮明に覚えています。

 

具体的には挨拶回りで訪問したモータース屋で、ある人の車に擦ってしまったため、その日の夜は「怖くて動悸が早まるわ、うつになりそうで凹むわ」で涙が止まらなかったのです。

 

 

しかし「銀色の擦れが付いちゃったから、絶対バレてるだろうな…」と思って、ドキドキしながら翌日謝罪訪問に伺ったのですが、何事もない雰囲気だったので隠したのです。

 

※とは言えこの数日間は、毎日「会社や携帯に取引先から怒鳴り声が飛び込んでくる恐怖」で、気が気ではなかったですが…。

 

先輩の一言で退職を決意

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そしてこのようなストレスフルな環境で極め付けとして、先輩の一言で退職を決意しました。

 

それは5月下旬のある日、たまたま営業所で食事のタイミングが一緒になった10年上の先輩と会話していた時のことです。

 

3ヶ月で退職する気持ちになった引き金

10年上の先輩が毎日カップラーメンを食べている姿を見ていたので、理由を質問したら「俺のお小遣いは月3000円食費込みなんだよ…」と言われ、10年後の将来像に幻滅した

 

この先輩は「僕が配属された営業所の次期係長候補」であり、優秀な人という認識を持っていました。

 

しかし「同期の女性と結婚して子供4人目を授かり、しかも奥さんは専業主婦」というカツカツ家庭で生きていたので、フルタイムで仕事をしているのに、僕の学生時代よりお金がない人だったのです…。

 

 

「え?こんなに辛く苦しい状況を10年経験したら、大学時代より貧乏になるの???」と頭の中が真っ白になり、計り知れない絶望を感じたのです…。

 

このように「強面モータース屋巡りのストレス」「その会社での10年後の姿に恐怖を感じた」のが決め手となり、休日に営業所に赴いて「辞めさせて下さい!」と泣きながら所長に宣言して、その会社を辞めたのです。

 

転職先も1〜2週間で退職

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そして勢いで車の営業マンを辞めた後に急いで転職先を探した結果、7月1日付けで転職先(結婚式場のカメラマン)が決まったのですが、結局転職先も1〜2週間で退職しました。

 

具体的には「お金が稼げないのは諦めるとしても、好きなことを仕事にしたい!」と思い、趣味のカメラ経験を活かして「結婚式場のカメラマンベンチャー会社」に採用されたのです。

 

 

しかし今思えばベンチャーあるあるですが「アパートの一室で就業規則も何もない形だけ会社」だったので、毎日終電や泊まり込みも当たり前のハードさで「これ会社?」という現実に22歳の若輩はビビったのです…。

 

その結果無断欠勤→携帯に数十回電話が来る→家に上司が来る(当時実家暮らし)→社長面談になるという流れになりました。

 

そこで社長から直接色々罵詈雑言を浴びせられましたが、負い目は完全に僕のほうにあったので、土下座して謝りましたが、帰って数時間後に上司から「クビです」と連絡を受けて失職しました。

 

自殺を考えながら1ヶ月引きこもり

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そして社会に出て4ヶ月で短期離職2回という職歴を背負った恐怖とトラウマで、自殺を考えながら1ヶ月引きこもりを経験しました。

 

何もする気になれず「昼に起きる→飯を食ったらベットで寝転ぶ→ゲームやTVは親に怒られるのが怖いから触れない→ひたすらベッドで心を殺す」という生活を続けたのです…。

 

 

そしてその絶望的な自堕落生活が1ヶ月ほど過ぎた頃に、親が流石に痺れを切らし「お前?社会が怖いなら、公務員試験を受けたらどうだ?」と提案されたのです。

 

僕としては「藁(ワラ)にもすがる思い」だったので、その提案を受け入れて、9月から公務員予備校生の人生をスタートしました(予備校代約30万は親から受け取りました)

 

修行と定めた公務員予備校生時代

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そして当時から「目標が定まると一直線な性格」だったので、修行と定めた公務員予備校生時代は「自分に自信をつける」ことに一生懸命でした。

 

具体的には「朝3時30分起きで新聞配達員バイトを実践→8時〜9時から予備校で勉強→授業や自習を21時に終えて就寝という睡眠3〜4時間生活」を半年ほど続けたのです。

 

そして「22〜23年生きてきて一番頑張った経験」を全てぶつけて公務員試験を受験したのですが、結果は不合格だったのです。

 

 

しかも「自分としてBESTを尽くした県庁職員受験が“1500名中合格者250名で、自分は260位辺り”」だったので、あと1〜2問合っていれば入れたのに!という「やり切った感」が出てしまいました。

 

そのため「このまま経済社会に戻っても、ディーラーを3ヶ月で辞めた時と同じことの繰り返しになる」と危機感を感じて「今までの僕にはない選択肢を獲得する」という半年間にシフトしました。

 

これが「30代前半で月収100万円を達成していた、ネットワークビジネスの師匠」との出会いにつながっていきます。

 

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【23歳】ネットワークビジネス体験談

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では次に、【23歳】ネットワークビジネス体験談についてご紹介していきます。

 

一流を学ぶ為にビジネス参加

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このような状況に陥った後、ネットワークビジネスには一流を学ぶ為にビジネス参加しました。

 

先ほどまでお伝えした通り、僕は当時「某自動車ディーラーの営業マンをストレスで新卒3ヶ月で短期離職+結婚式場のカメラマンを1週間退職した後、既卒予備校生としての公務員試験受験も失敗」で、将来に悩んでいました。

 

※愛知県庁職員になるという目標を掲げて、1年間ガムシャラに勉強したのですが、それでも合格できなかったので、来年も再受験するか?を考え葛藤する日々でした。

 

 

そのため「今までの自分にはない(親から教わっていない)選択肢を獲得する」という目標を立てて、半年間で以下のようなチャレンジを実践したのです。

 

僕が公務員受験失敗後に取り組んだこと

2010年7〜8月頃=大学時代のゼミの先生に頭を下げて、ゼミ合宿に卒業生として参加させてもらった(仙台の自然学校ボランティア)

2010年7〜8月頃=同じく大学時代のゼミの先生の紹介で、海外旅行専門会社に勤める先輩を紹介してもらったり、キリスト教の礼拝に一緒に参加した(ゼミの先生はクリスチャン)

2010年8月頃=海外旅行専門会社に勤める先輩の紹介で、海外青年協力隊参加を目指しながらカフェ経営する男性を紹介され、そこで人脈を広げる(ここでネットワークビジネスの紹介者と出会う)

2010年9月頃=海外旅行専門会社に勤める先輩が企画した「タイの山岳民族向け支援ボランティアツアー」に参加(僕以外の約10名は全員学生)

2010年10月末=毎週教会の礼拝に3ヶ月ほど通い続けた頃「りょうも洗礼を受けてみないか?」と牧師様に誘われ、洗礼を受洗

2010年11月=貯金が底をついたのと、社会人経験慣れをする意味もあり、工場のライン作業でアルバイトを開始

2010年11月頭=ネットワークビジネスの紹介者とその師匠と数回お茶をさせてもらっていた中で「君と一緒にビジネスをやったら面白そう♪」と勧誘され、事前告知を受ける

2010年11月末日=ネットワークビジネスの事業説明会に日を改めて参加し、ビジネススタートすると決意

 

このように「海外のボランティアツアー参加」「キリスト教での受洗」など、人生で今まで触れたことのなかった経験の一端に「ネットワークビジネスの勧誘」があり、ビジネススタートしたのです。

 

参加決意した理由

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ちなみに参加決意した理由ですが、簡潔に言えば「紹介してくれた人々の社会的地位と人間性が素晴らしかったから」です。

 

僕にネットワークビジネスを紹介してくれた人々

紹介してくれたディストリビューターは「某国立大卒業後に、某大手財閥系重工業会社のエンジニアとして勤務していたエリート

紹介者の師匠は「国立大学卒業後に、大手自動車系部品メーカーのエンジニアとして活躍後、20代後半でネットワークビジネスを軸に独立、さらに30歳前半にして月収100万円を超えたエリート

 

このような経歴の面々が紹介者だったわけですが、当時の僕は「実家暮らし」「社会人歴ほぼ0」というダメダメ君だったので、同じ生活レベルの人の紹介なら、きっと参加していなかったでしょう。

 

しかし経済人・社会人として立派に生きていた紹介者や師匠のように「マルチがどうこうではなく、一人前の立派な社会人になりたい」という願望が沸き上がったので、参加したのです。

 

 

そして参入を決める上で特に衝撃だったのは、師匠に言われた「これから僕は、名古屋から東京にビジネス拠点を広げて、自分と仲間を信じ、可能性を広げ続ける」と宣言されたことです。

 

当時の僕は「“いかに現状が悪くならないか?”に焦点を当てていた」一方で「目の前にいるこの人は“いかに現状より良くなるか?”を考え続けていた」ため、その生き方のギャップに惚れたのです。

 

成長

 

ぶっちゃけこの人のようになりたいという願望が出た結果が、たまたまネットワークビジネスだっただけなので、ベンチャー企業の勧誘やNPO設立など、やり方が違えばそれに参入していたでしょう。

 

しかし当時23歳の若輩だった僕が「この人のように堂々と生きたい!」という願望を胸に抱き、それを実現できた点では、ネットワークビジネスに感謝していると自信を持って言えます。

 

未知の大人と出会い衝撃を受けた

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未知の大人と出会い衝撃を受けたのも、ネットワークビジネスへの参加覚悟を決められた要因です。

 

当時は師匠からネットワークビジネスを紹介された時点で、参加覚悟はできたのですが「組織の全体像が分からないという不安」も感じていたのです。

 

※なぜなら当時名古屋で教わっていた師匠は「名古屋での責任者的地位」であり、その上に「数千人を統括する大師匠がいる」という話だったため

 

 

そんな僕の不安の引き寄せもあってか、ネットワークビジネスに参加すると宣言した数日後に紹介者から「東京で大師匠と会えるチャンスがあるけど、行かないよね?」と聞かれたのです。

 

当時の僕は「新幹線も夜行バスも一人で乗ったことがない自己決断力0人間」だったのですが、思わず「行きます!」と宣言して、突貫で夜行バスを手配して東京に日帰りで行きました。

 

 

そしてその時の出会いと経験が、僕の中で「ネットワークビジネスの印象は悪いけれど、この人達の元で学んでみたい」と思わせてくれたのです。

 

大師匠に出会って衝撃を受けた体験

大師匠は主婦から社会人経験0でネットワークビジネスの成功者になった女性(自分と息子を守りたいという使命感)

僕の他に名古屋から上京した女の子が、弟子入りする理由を話して泣いていたら、その大師匠も“もらい泣き”で号泣していた

タクシーで移動する時に、大師匠は当たり前のように一番下座(後部座席の真ん中)に率先して座って下さった

最後の懇親会で「当時は何の社会的功績もない馬の骨の僕」の話を、数十分も真剣に聞き続けてくれた

 

お会いする前までは、最初に聞いていた「組織数千人のTOP」という先入観が強かったのもあり「偉そうで上から目線の怖い人なのかな?」と構えていました。

 

※実際組織数千人のTOPといえば「会社で言えば上場企業の社長並み」なので、偉そうで高圧的でも不思議はありません

 

 

しかし実際に出会ってみたら「ペーペーの話に泣きながら共感してくれる」「自分が一番気配りするんだ!という覚悟が滲み出ている」など、人柄があまりにステキ過ぎて、印象が180度変わったのです。

 

「大組織のTOPが新人の話にもらい泣きするか?」「俺のことをただの金儲けの雑兵と思ってたら、何十分も真剣に俺の目を見て話を聞けるか?」と自問自答した上で確信したのです。

 

結果的に「こんな輝いている女性がTOPのチームなら、現状をより良くするために参加すべきだ!」と覚悟して、チームに参画したのです。

 

何度も救われた経験

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そして結果としてそのネットワークビジネスチームには「24歳〜31歳の7年間」お世話になりましたが、心が折れそうになったり、挫けそうになった時に何度も救われた経験もあります。

 

何度も救われた経験

東京上京後の生活苦などで「もう名古屋に帰ろうかな…。」と悩んでいた時、たまたま大師匠とセミナーで会う機会があり、一言「良い男」と目を見て褒められ、もう少し頑張ろうと勇気付けて貰ったこと

新卒3ヶ月で辞めた営業マンに再挑戦するため、営業職に再転職したのに、毎日がシンどくて泣きながら営業人生を歩んでいた時、師匠に何度も飯に連れてってもらって愚痴を聞いてもらったこと

ネットワークビジネスを紹介してくれた紹介者ディストリビューターが、仕事や人生で悩んだ時に何時間も一緒に語り合ってくれたこと

いつかは「大成功しような?」と励まし合った同期が、今では別の仕事で各々成功している事実(同時期に参入した仲間は、不動産系の仕事で成功したり、運送系の会社を興して各々の道で成功)

 

このような支えとなる仲間や師匠がいたからこそ、既卒で東京に上京して転職したり、大嫌いだった営業マンの仕事への再チャレンジを成功する柱となったのです。

 

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公務員受験後の副業社会人体験談

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そして僕は「ネットワークビジネス×会社員(時々宗教)」という3足の草鞋を履く生活をスタートしたので、ここからは公務員受験後の副業社会人体験談についてご紹介していきます。

 

【24歳】工場のライン作業体験談

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僕の会社員人生再スタートは、【24歳】工場のライン作業体験談から始まりました。

 

ネットワークビジネス開始

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当然ながら「ネットワークビジネスは親に猛反対された」ので、実家で居心地の悪い思いをしながらも「月10万円×6ヶ月貯金を達成」して、ネットワークビジネス開始しました。

 

そもそも親元でネットワークビジネス参加生活はムリだったので、半年間は定期的に紹介者や師匠と会う程度に留めてお金を貯めた後「2011年4月に名古屋の金山で一人暮らしをスタート」させました。

 

 

そして弟子入りの通過儀礼が「ネットワークビジネス会社への入会+商品購入費用24万円」「チームが開催する”ビジネスやメンタルに関する勉強”をセミナーで学ぶ」だったので、それらの自己投資を実践しました。

 

当時は「10万円以上の商品を買ったり、お金を使ったことがほぼない人間だった」ので、本当に一念発起でした…。

 

しかしそのおかげで「工場で時給1150円のライン作業アルバイトという立場」ながら、一流のビジネスマンの師匠に、仕事術やビジネスのイロハを学ぶ自己投資の機会を得たのです!

 

そしてその結果「親元からしっかり自立・独立して一人前の社会人として生活していく」という、大人としての責任感と自尊心を育むことに成功しました♪

 

 

社会人リハビリ(3ヶ月〜1年)

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そして工場のライン作業では、社会人リハビリ(3ヶ月〜1年)を実践しました、

 

僕は名古屋にある「某財閥系企業傘下の電気会社」で「企業向け大型機械製作の工場ライン作業」に1年ほど勤めました。

 

ハッキリ言って当時は「23歳既卒でほぼ職歴なし」というダメダメ君だったのですが「Aの棒をBに置き、Cの棒をDに置く」といった簡単作業タイムを図られて合格採用されたのです。

 

 

そして配属された部署では、大型機械を動かす基盤に「特定の部品を並べていく作業」をする工程に入りました。

 

基盤

 

入れ間違えると次の作業の人が気づいたり、最終通電チェックで不良品だと分かるので、まず劣悪品が出回ることもなく、安心して作業に取り組めました。

 

とはいえ最初はラインのスピードに付いていけずに四苦八苦しましたが、3ヶ月も継続していたら自然と慣れてしまい、勤務中に眠くなる位でした(笑)

 

高額研修で東京上京を決意

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そして工場のライン作業バイトを続けながら「2010年8月上旬」に初めて参加した高額研修で東京上京を決意しました。(当時の受講料なので、価格は随時変動しているようです)

 

■ASKアカデミー・BASICコース

ASKアカデミー・BASICコース

出典:ASKアカデミー

 

そして僕はこの研修に参加して、以下のコメットメントを自分自身としたのです。

 

BASICコースに自己投資した結果決めたコミットメント「2011年8月上旬」

月収100万円を達成する

一流のビジネスマンになる

 

そしてこのコミットメントは「名古屋で工場のライン作業バイトを続けている現実」では到底到達できないと思い、一念発起して東京上京を決めたのです!(師匠が名古屋から東京入りしていたのが大きいです)

 

 

一通りの工程を経験(1年程度)

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そして東京行きを覚悟した辺りから、他の作業も覚えてほしいということで別工程も対応し、一通りの工程を経験(1年程度)しました。

 

※ちなみに各仕事は「基盤に部品を置く→基盤を通電させる鉛の余分な部分を専門機械でカット→プラスチックの外枠組み付け→通電チェック」といった作業工程でした。

 

 

そして一人暮らし用品を購入した後、50万円ほど貯まった10ヶ月目に上長へ「仕事を2ヶ月後に辞めます」と報告したのです。

 

大島くんは良く頑張ってくれるし優秀だから、社員になる道もあると思ってたんだけど…。」と残念がってもらえましたが、結局1年で辞めました。

 

もちろん正社員であれば、その後「ラインリーダー→マネージャー」というステップがあったのでしょうが、僕はその流れに乗っていなかったので、次のステージへと移って行ったわけです♪

 

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【25歳】東京上京体験談

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そして工場のライン作業で貯めた貯金を使って東京に上京した、【25歳】東京上京体験談が始まりました。

 

失業給付なしで日雇いバイト生活

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勢い任せで東京上京に動いたので「2011年11月に友人宅に転がり込んでアパートだけ契約」「翌12月に上京して転職活動」という状況に陥り、失業給付なしで日雇いバイト生活に苦しみました…。

 

失業保険は「正社員(無期雇用)なら1年以上or派遣社員(有期雇用)などなら半年以上の雇用保険支払い実績が必要」なのですが、その資格がないまま辞めてしまったのです。

 

※正社員の場合も「2ヶ月〜3ヶ月の給付制限が付く」ので、十分な貯金がなければ僕と同じ苦しみを味わいます。

 

 

その結果「生活費用を稼ぐために日雇いバイトで働きながら転職活動」をしていたのですが、その頃が一番僕にとって地獄の数ヶ月でしたから…。

 

日雇いバイトで食い繋いだ僕の地獄の数ヶ月

真冬の11月〜12月に、冷凍食品やおせちなどの運送を極寒の冷凍庫の中で作業手伝い(防寒着を着込んで1日中寒さに耐えながら段ボール梱包作業)

深夜の運送センターで、「おせーんだよ!次が来るから、さっさとトラック一杯に早く積め!」と怒号を飛ばされながら、半泣きになりながら衣料品のトラック詰め作業

極寒の中で新しい分譲住宅の道案内看板持ちを行い、8時間寒さとトイレに行きたい気持ちとの格闘(固定設置は法律違反?になるらしく、人間が持っていなければならない)

 

今思い出しても「2度とやりたくない!」と思うような日雇いバイトの数々でしたが、人手の足りないスポット作業に呼ばれる仕事は、このような泥仕事ばかりです…。

 

悔しかった100円チョコ事件

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そして勢いで退職して失業保険をもらえず、日雇いバイトで凌いでいた時に、悔しかった100円チョコ事件は起きました。

 

当時は「貯金が15万円ほどだったのに、生活費が月15万円ほど出ていき、日雇いバイトで10〜12万円稼いでも毎月3〜5万円赤字=生活が3ヶ月保たない」という絶望的状況だったのです。

 

その為食事は100円ショップで買ったり、所持品を売りながら生きていたのです。

 

 

そして日雇いバイトをしていた寒い時期(12月)に「冷凍食品詰めを配送センターの大型冷蔵庫内で行う仕事」をしていた帰りのことです。

 

極寒の月に冷蔵庫内作業という「あまりに過酷できつい仕事」だったので、帰りのコンビニで「こんなに頑張ったんだから、ご褒美があって良い」「今はガマン」という心の葛藤が起こったのです。

 

その結果「プチシリーズの100円チョコ」を買おうかどうかコンビニで悩み続けていたら、気付いたら小一時間経っていたのです…。

 

 

こんな「今まで悩んだこともなかった100円の買い物に一時間も悩んだ」という事実に愕然とし、その惨めさと悔しさで泣きながら帰ったことは、今でも鮮明に覚えています…。

 

このように「お金に余裕がない時に仕事を辞めてしまうと、非常に惨めで過酷な生活が待っている」のです。

 

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【25〜27歳】OA事務職体験談

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そして日雇いバイト生活を1ヶ月ほど続けた後に入社した、【25〜27歳】OA事務職体験談についてご紹介していきます。

 

僕の事務職体験談1年目

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僕の事務職体験談1年目は、六本木一丁目にある「企業向け教育研修サービスを行う会社の営業・講師サポート」で始まりました。

 

仕事は主に以下のようなもので、まさに営業・講師のサポートそのものでした。 追加: なぜならその会社は、以下のような仕事環境でしたから…。

 

僕の事務職の仕事経験

研修で使用する本のデータ加工

製本作業

研修教室のセットアップ など

 

そして入った当初は「室長とベテランヤンキー姉さんが毎日カリカリしながら仕事してる一室」に入ったのですが、まぁヤンキー姉さんの罵詈雑言が酷かったです。

 

※とはいえ室長が「仕事しない・スグ無茶な案件引き受ける」など、人柄は良いけど仕事能力的にダメダメだったので、ヤンキー姉さんの言うこともごもっともでしたが…。

 

そして業務は完全な内勤作業で、毎日がとにかくあっという間だったという半年間を過ごしました。

 

 

その後先輩ヤンキー姉さんが他の部署に異動になるということで、僕にリーダー格としての白羽の矢が立ち、後輩が2人入ってきました。

 

しかし後輩とは言っても「50代&20代後半の歳上+外注先企業のパートナー」が入ってきたので、とにかくケンカになったり、意見の食い違いでトラブルになった記憶があります。

 

結果としてその人たちも半年後にはいなくなり、新たに本当の後輩が1人入ってきて、円滑に仕事ができるようになりました。

 

研修上級編で営業再就職を決意

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そして研修上級編で営業再就職を決意しました。(こちらも同じく受講料は変動しているようです)

 

■ASKアカデミー・SEEKコース

ASKアカデミー・SEEKコース

出典:ASKアカデミー

 

そしてこの研修を通して、以下のコミットメントを決意したのです。

 

SEEKコースに自己投資した結果決めたコミットメント

自尊心を取り戻し、強烈な影響力のある男として生きるという自己契約

 

このように、この研修に参加した結果「自分の自尊心を取り戻さなければならない」という気づきを得たのです。

 

そして「強烈な影響力のある男として生きる為に、自尊心を取り戻すには、3ヶ月でスグ辞めてトラウマ化した営業職に再チャレンジしよう!」という覚悟が決まったのです。

 

とはいえ当時は20代後半(26歳)に入っており、慣れ親しんだ事務職から「実質未経験として営業職に職種転換することになった」わけです。

 

そのような無謀な未経験転職をしたので、転職後1年ほどは案の定上手くいかず「毎日帰宅後は半泣きor泣くor怒り狂う」という日々を過ごしました…。

 

しかしこのように紆余曲折しながらも、営業職を3年ほど経験した結果「自分の人生に重くのしかかっていた、過去のトラウマを乗り越えた!」という自尊心復興に成功したのです!♪

 

 

僕の事務職体験談2年目

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そして僕の事務職体験談2年目は、室長との格闘から幕を開けました。

 

基本的に作業部屋には室長はほとんどおらず、別部屋で仕事をしていたのですが「製本に必要な用紙の配置」などが全て室長の頭の中にあり、一々聞きにいくのが面倒くさかったのです。

 

そこで本社の担当営業の方がこちらに来た時に「部屋の中を掃除して、誰もが分かる配置にしたいんですけど?」と直談判したのです。

 

 

その結果「確かに仕事効率が悪くなってるし、改善に着手しよう」という話になり、作業部屋内の大掃除を行いました。

 

室長もバツが悪く「そこまでしなくても…。」と言っていましたが、作業場が汚い上に各資材の置き場が分かりにくかったので、徹底的にやりました。

 

おかげで作業部屋も綺麗になったし、周りからも感謝されたので、やって良かったなと思いました。

 

 

とはいえ勤務開始から1年半が経った頃「給料が少ない(月給20万円+ボーナスなし)」「今の仕事は今後のキャリアとして将来が不安」というモヤモヤも、僕は心の奥底に持っていました。

 

そして個人で約25万円を払って受けてきた研修で「自尊心を高めるには“3ヶ月で辞めてトラウマになった営業職”に再チャレンジしなければ!」という気づきを得たのです。

 

その勢いもあって、思い切って退職を室長に切り出した後、半年後に退職する運びとなり、実際に営業職への再転職を成功させたのです!

 

 

このような一般事務職が楽すぎと思いながらも、もっとステージアップした経験が僕にはあり、今でもあの職場で働いていたら「給料が少ない」「自分に自信がない」という、諦めの人生を送っていたと感じています…。

 

そのためあなたが「事務職は楽だけど、将来が不安」という感覚を感じ始めているのであれば、かつて僕が転職を決断したようなタイミングが来ているのかもしれませんね?♪

 

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【27歳】広告系会社の新規開拓営業

目次

 

では次に、【27歳】広告系会社の新規開拓営業についてご紹介していきます。

 

※僕は「新卒で入社した自動車営業マン3ヶ月退職」のトラウマ・コンプレックスを克服すべく「大学のゼミ・先生向けビジネス雑誌の購入促進新規営業部隊」に転職したのです。

 

入社1〜3ヶ月はテレアポに葛藤

目次 1

 

入社1〜3ヶ月はテレアポに葛藤した記憶が、今でも強く印象に残っています。

 

当時は中途で転職しましたが「営業職に僕だけ新人扱い」だったので「毎日一定の時間にテレアポして営業慣れする流れ」になっていました。

 

 

しかし「自動車営業マンを3ヶ月で辞めたのに、営業コンプレックスを治すために実質未経験入社した状態」だったので、その途中に過去の恐怖を思い出し、思わず泣き出してしまったのです。

 

今にして思えば、様々な要因が重なって泣き出してしまったと分かります。

 

テレアポに恐怖を感じていた原因

怒号が飛んでくる

断れることに慣れていない

自信がない

 

しかも当時は、僕を部長が後ろから見える席に座っていたので、テレアポをテンポよくやっていないと、叱られたのです。

 

そのため「テレアポなんて、何のためにやってるんだろう…。」「本当に受注できるんだろうか…。」という不安やストレスと闘い続けていたことを覚えています。

 

初めてテレアポ成功した時

目次 2

 

毎日が苦痛やストレスで一杯でしたが、初めてテレアポ成功した時もまた、訪問先で涙を流してしまいました。

 

当時の僕は「大学の先生向けビジネス雑誌営業」をしていたのですが、何十件も断られた先にようやくアポを取り付けたのです。

 

その時は、たまたま春休み期間だったのもあって「教授棟にいるけれど、時間はあるのでとりあえず来て良いよ♪」と快くOKを戴けたのです。

 

 

そして僕としては、あまりに苦痛な毎日の中でようやく前進できたのもあり、実際に訪問して話をしながら、最後の10分ほど思わず泣き出してしまったのです…。

 

優しい先生だったのもあって、ティッシュを受け取りながら「よく分からないけど、頑張ってるんだね…。」と諭してもらいながら、教授棟にパンフレットを配るアシストも戴きました。

 

結果的にそこから受注を得ることはできませんでしたが「テレアポ成功体験の第一歩」を確立できたことで、少し前進できたことが嬉しかったです♪

 

なぜか逆売り込みをされる

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テレアポと営業活動がある程度できるようになったら、苦い経験もいっぱいしましたし、特に不愉快だったのがなぜか逆売り込みをされるという経験です。

 

そこには当然ビジネス誌を売りに行ったのですが、結果的に「僕の出す本を作ってください」という逆営業をされ続けたのです。

 

 

「話を聞くよと言って訪問したのに、いざ訪問したらこちらの否定ばかりの後に、自己プレゼンを始める」という最悪の教授でした。

 

しかも「お宅の雑誌はベテラン社会人向けなのに、学生に売りつけるなんてナンセンスだ!」といった自社商品を散々否定してきた後に、自分の本は素晴らしいという話の羅列でしたからね…。

 

こちらとしても「自分が一生懸命扱っているものを否定した後で、お前の話を聞くと思ってるのか?」と、自己中心的すぎるクソ教授に呆れてしましたから(苦笑)

 

 

その時の苦い経験は「どんな営業先でも、一定数のクズ客はいる」という確信にもなった出来事です。

 

品格がないと1時間説教

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同じくテレアポや飛び込み営業をしていた中では、品格がないと1時間説教されたつらい記憶もあります。

 

僕の勤めた会社は「誰もが知る有名ビジネス系雑誌の会社」だったのですが「そんな有名企業が飛び込み営業なんて、時代錯誤で品のないことをするのか!」と怒られ続けたのです。

 

見た目もヤクザみたいに怖いおっさんの叱責だったので、帰りがけに昼飯で食べた吉牛の牛丼を食べながら、ボロボロ涙をこぼしたことを今でも強く覚えています…。

 

初めて受注が決まった時

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とはいえそのような歓喜と苦痛が入り混じった中でも、初めて受注が決まった時は、とくに嬉しくてガッツポーズしたのを覚えています。

 

僕が当時行っていたのは「大学の先生及びゼミ生にビジネス雑誌購入営業を行うこと」でした。

 

そしてとある先生と信頼関係を構築できた結果「ゼミ生の購入決断を促すために、購入メリットのプレゼンをして欲しい」と頼まれたのです。

 

 

その先生は観光系学部だったのもあり、売る予定のビジネス誌から「観光系情報を引用」しながら、一生懸命プレゼン資料を作成して提案したのです。

 

そして無我夢中でプレゼンし終わった後に先生と別室に戻り、以下のような感謝の言葉を伝えられたことを、今でも強く覚えています。

 

テレアポ後に感謝された言葉

友人の中にも「ゼミで何か売らせて欲しい」と頼んでくるのがいるけど、今までは一切断ってました。でも今回大島さんにプレゼンをお願いして本当に良かった♪彼女たちの為になりました♪ありがとう♪

 

このような感謝の言葉を戴けたことは本当に嬉しかったです。

 

 

結果的にその先生やゼミからは受注できなかったのですが、先生経由で紹介していただいた同学部の別の先生から受注が入り、初めて営業成功体験ができたのです。

 

営業能力不足の為半年でクビ

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このように一生懸命営業に取り組みましたが、紹介予定派遣で入社して半年間の査定が終わり、最終的には営業能力不足の為半年でクビとなりました。

 

部長から「残念ながらクビが決定しました」と宣告された後は「こんなに一生懸命に頑張ったのにダメだったのか…。」と泣き出してしまった記憶がありますし、帰宅してからも憔悴していました…。

 

しかし「一生懸命上場企業レベルの営業マンとしての働き方」に喰らい付くことができたので、その後「通信IT系の営業マン」として転職成功する足掛かりにすることができたのです♪

 

中々転職できず親にお金を貰う

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とはいえ辛く苦しい営業生活に戻る覚悟を固めるのに時間がかかり、中々転職できず親にお金を貰うという、苦い体験談もあります。

 

一度でも失業保険を貰ったことがあれば分かりますが「働いていないのにお金を貰える」ので、転職のやる気が起きずに、ダラダラしてしまうのです…。

 

例えば20代であれば「3ヶ月間は前職給与の6割(残業代込みの月給)」が貰えるので、月収25万円ほどなら15万円ほど失業保険を貰えます。

 

もちろん多少は貯金がなければやっていけない上に、失業保険受給中はアルバイトなどが禁止なので、余裕がないケースも多いです。

 

しかし人間は甘やかされるとダラダラしてしまうので、そこに甘んじていて僕も例外に漏れず失業保険受給中に真剣に転職活動を行わず、結局貯金が尽きたんですよね…。

 

 

そして「もう生活できるお金がない…」という絶望的状況に陥ってしまったので、お盆で実家に帰った時に、イオンのフードコートで泣きながら「お金が無くて困ってる…」と親に正直に伝えました。

 

この時は本当に情けなかったですし「勢いで会社を辞めた→失業保険中は仕事を真剣に探さなかった→ラスト1ヶ月で急いで探したけど決まらない→親に泣きついた」という末路だったわけです。

 

ハッキリ言って大人としてダメだったと思いますし「事前に転職活動や就きたい適職を明確にして行動」していれば、このような情けない現実は発生しなかったと思います…。

 

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【27〜29歳】老舗の通信IT系営業体験談

目次

 

そして親から20万円貰った後に転職決定した、【27〜29歳】老舗の通信IT系営業体験談についてご紹介していきます。

 

僕のIT系営業体験談1年目

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通信IT系の仕事について、僕のIT系営業体験談1年目で印象深いのは、無能なまま課長になったババアの記憶が一番鮮明です。

 

それは準官公庁系の某大手通信企業で営業マンをしていた新人時代の話です(新人といっても27歳頃の話なので、年齢は新人ではなかったです)

 

そこは「上智・早稲田・慶応」クラスの超一流大学卒業生が大半を占め、「記憶力の圧倒的な社員が、新卒から定年まで勤め上げるのが当たり前」という環境だったのです。

 

 

そんな環境に「27歳という遅入り営業マン」として契約社員入社した上「IT系は未経験」だったので、毎日が「通信・IT系知識を吸収して営業できるようになる格闘」に明け暮れました。

 

覚える必要があったジャンル

新しく生まれてきたクラウドサービス(Office365/AWS)などの知識

インターネット固定回線(光回線/ADSLなど)の知識

モバイル回線(格安SIM/料金プラン)の知識 など

 

そのように膨大な知識が必要だったのです。

 

 

しかし社内は「転職者がほとんどいない」という時代遅れの環境だったので、周りは「社内の誰もが(b区を含めて)通信知識を知っていて、しかも業務が出来て当たり前」という態度で迫ってきました。

 

そしてそのような期間を過ごしていたある時「直属の女上司が言ってることが分からない為フリーズ」していた時に、キレられました!

 

怒られた時の発言

あなたにとって何が分からないか?それがもう私には分からないわ!!

 

今思い出しても腹が立ちますが!これを言われた時は流石に僕もイラッとして「こっちも一生懸命にやっとるんじゃ!」と思い、思わずトイレに駆け込み壁を飛び蹴りしてました。

 

※穴を開けてしまったので、そっと逃げました(翌日シールが貼ってあり直っていたので、良くあることなんだなと不思議と安心しました)

 

 

そもそも今振り返れば、僕にとってこの仕事は「苦手な数式・公式を用いた知識を覚える」という一番「自分に合っていない仕事環境」でした。

 

※数学は200点中0点を取るほど、僕は公式や理屈が苦手

 

さらに万年目標未達という「無能女課長」の下という最悪の状況で働いていたので、ミスが多かった上にメンタルも非常にやられたのです。

 

 

そんな僕の状況を同じチームの別のリーダーに相談した結果、別の課長が配置転換して僕を引っ張って下さることになりました。

 

そしてその後は「頼れる男の先輩の配下」に回してくれて、丁寧に仕事を教わることができ、安定して仕事できるようになりました。

 

僕のIT系営業体験談2年目

目次 2

 

そしてカッコ良くて男気のある先輩と別の課長の元で働いていた1年目が終わった頃、僕のIT系営業体験談2年目から地獄が始まりました。

 

その企業は僕のように契約社員中途で入ってきた人間がぼこぼこ辞めていくのですが、僕は踏ん張って継続していたのです。(2年目の頃には、後輩は1年で10人ほど辞めました)

 

そしてそんなタフさも買われたのと、お世話になった課長が定年退職でチーム解散したため、僕は組織内でも最難関レベルの商材を扱う部署に配属されたのです。

 

 

しかしそこは「定年退職前の人ばかりが集まる、平均年齢50歳近い墓場部署」だったのです…。

 

しかも定年退職前ジジイは、面倒なことを任されたくないので、仕事をどんどん僕のような若手に振ってきたわけです。

 

※なぜならその会社は「平均年齢44歳という高齢組織」だったのですが、その課は「平均年齢50過ぎの定年前組+労働組合幹部もいる」という状況だったので、徹底して会社の仕事を拒否していたのです。

 

 

そのため会社としては「僕に“定年退職組の能力と案件を吸収”して欲しい」という魂胆だったと思いますが、あまりの理不尽さに腹が立ったので、結局2年目が終わる頃に辞めました。

 

なぜなら、そもそも僕はそこに契約社員で入社していたのですが「ボーナスなし」「昇給確約なし」など、正社員組より明らかに待遇が悪かったのです。

 

 

つまり「年功序列で働かない正社員組の穴埋めに若手契約社員を入社させて、人件費をケチりながら働かせる」という構図だったわけですね…。

 

※実際退職前に、正社員組の若手同僚数人から「辞めるなんて羨ましいなぁ…。でも僕はしがみ付いてでも定年までここで生きるよ…。」と言われましたから、正社員じゃなくて良かったと思っています♪

 

副業ブログ独立を目指すが失敗

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ちなみに老舗通信IT系企業を辞めた後、副業ブログ独立を目指すが失敗という結末となりました。

 

具体的には「IT営業マンとして働きながら、観光系ブログでHPの作り方を1年ほど勉強しており、月3万円×1年=約36万円のブログ高額塾に入会し、その収益化に賭ける」という覚悟で退職したのです。

 

※この時も副業としてネットワークビジネスは継続していましたが、基本的に「ビジネス・メンタルのノウハウを学ぶスタンスで利益活動ほぼ0」であり、セミナー参加のみでした。

 

 

しかし「最短3ヶ月で収益化を目指す!」という謳い文句だったのも関わらず、半年以上成果0で貯金も底を尽きかけた為、塾の講師とケンカとなり、結局ブログ独立を諦めたのです。

 

※ブログ高額塾の36万円は、ほぼコンサルティング代だったのですが、結局ケンカ後半年以上コンサルを受けなかったので、18万円は無駄になりました…。(その後その講師のHPも全面閉鎖してました)

 

通信IT系グループ会社へ再転職

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そして「半年分の高額塾負債」「貯金が残り少ない」という状態で、他に生き方を変える術もなかったので、通信IT系グループ会社へ再転職を果たしました。

 

しかし「とにかくお金がないのでどこでも良い!」というエージェント依頼だったので、地獄のような新規開拓営業部隊の職場を紹介されてしまったのです…。

 

 

そもそもそこは「NTT系固定回線利用者向けの商用Wifiルーター販促営業部隊」として急に発足し、中途採用者のみが大半という異質な部隊でした。

 

そして実態は「組織自体が3ヶ月更新で、売り上げが低ければ即解散」という、決死隊のようなものだったのです…。

 

 

そのため入社前は「関東郊外を中心とした既存顧客向けのルート営業」と聞いていたのですが、2ヶ月目から「売り上げ確保の為に、オリンピック特需を狙って、渋谷区の飲食店を片っ端から飛び込み営業」という組織に変わりました…。

 

鬱憤ばらしの怒号が炸裂

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そして顧客リスト管理もずさんで、リストの企業に飛び込んだ結果、鬱憤ばらしの怒号が炸裂した記憶が鮮明に残っています。

 

その時は担当エリアのリストを渡されて順に飛び込んでいたのですが、ある企業に飛び込んだ時にド叱られました。

 

ある企業に飛び込んだ時にド叱られた出来事

もうNTT系でルーター買ってあるわ!お前ちゃんと情報確認して営業してこいよ!ふざけてんのか!

 

「NTT系列の他の会社がすでに売り込んでいた」という状況だったと思うのですが、それでもリストに挙がっていた時点でおかしい話なので、内心「クソだな…このリスト!」と思いましたから…。

 

しかも、その後追加されたリストが「食べログにある飲食店を上から飛び込む」という無茶苦茶ぶりだったので、あまりの扱いの酷さに結局2ヶ月で辞めました…。

 

※「金の蔵」「マンガ喫茶マンボー」など、明らかに自社Wifiを導入していると分かる場所にまで飛び込み指示が出ていたので、今考えるとアホですね…。

 

 

このように「事前にしっかり自己調査せずに転職」すると、手痛いしっぺ返しを喰らうと痛感した経験となったのです。

 

僕のグッドポイント診断と過去経験職種との照らし合わせ

老舗の通信IT系営業×2=「自立×」「独創性×」「高揚性×」「自己信頼◯」「俊敏性×」】

自立×=平均年齢44歳で、ほとんどが一、二回り以上年上の古い会社だったので、意見できなかった

独創性×=規定の業務を規定通りに説明・提案するだけ

高揚性×=規定の提案を実践するだけなので、高揚性はいらない

自己信頼◯=情報をキチンと知識に落とし込んで売る必要があり、自己信頼は高かった

俊敏性×=半年以上先の納期までじっくり計画を詰める

占いでWEBライター転職を決意

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そして30歳を間近に控え、東京で営業職を続けていく心理的負担に嫌気が差した後に、占いでWEBライター転職を決意という引き寄せを経験しました。

 

元々東京上京の大目的である「一流のビジネスマンになる」は上場企業営業経験3年で達成したと思ったので、「月収100万円」は諦めて地元名古屋に帰ろうとしていたのです。

 

※ネットワークビジネスも6〜7年ほど続けていましたが、先ほどもお伝えした通り「そもそも一流のビジネスマンになる勉強場所」と思っていたので、それも辞めるつもりでいました(成果0でしたし)。

 

 

しかし名古屋に帰ると師匠に報告すると「名古屋に帰る前に、お前の好きなスピリチュアル系の占い先生を紹介してあげるから、最後に相談したら?」と言われ、それに従ったのです。

 

そして「帰る前に心の整理をしておくか…。」と思い訪問した結果、以下のような相談結果を得たのです。

 

スピリチュアル占いの相談結果

★1,実家はお父さんの影響力が強すぎる為、仮に帰ったとしても大島さんは好きな仕事ができない、成長ができなくなる、お父さんが結果的に帰ってくる選択は悲しむ、お父さんに及ばず死ぬという結果を生みます。

 

また、今日から2年間程のキーワードで「復興」というワードにピントが合います。東京にいるべき点はここにもある。名古屋に帰るとそれができないのでなんとしても残るべき。

 

★2,大島さんは前世は新聞がない時代の情報誌を作っていた人で、過去生は料理人で皆に料理を振舞って喜んでもらっていたイタリアンかヨーロッパあたりの料理人

 

営業の仕事を通してもご存知のように、好きでない仕事は続かないし、自分がやりたいことをやれているのが幸せで人に真の愛で関われます。

 

また「本」というキーワードにピントが合うので、情報収集力、本を読む、書くという能力を持っているので本に関わる仕事を探す事をオススメします。その能力は是非仕事で貢献し役立てるべきです。

 

この結果は思っていた未来と全然違ったわけですが、それを踏まえて「名古屋に帰ってどこかの中小企業営業職として生きてく」という考えから転換して「WEBライターに転職して、2年間東京で経験を積む」という人生にシフトしたのです。

 

 

天職・片想い相談体験談

電話占い ピュアリ 明讃先生

 

とはいえ知り合いに紹介された占い師のアドバイスだけでは不安だったので、人生で初めて電話占い(メール占い)を利用して、電話占いピュアリ・明讃(めいさん)先生にアドバイスをもらった、天職・片想い相談体験談もあります。

 

そして仕事に関しては「物書きになるのが良い」という良い結果をいただけた一方で、1年ほどアプローチしていた女性に対しては「諦めた方が良い」という悪い結果でした。

 

オススメの人

■電話占い・明讃(めいさん)先生へのメール占い相談結果
ピュアリ 鑑定結果1
ピュアリ 鑑定結果2
■鑑定結果

乙女座=どんな出来事においても、瞬時に本質を見抜いてしまう

霊数1=個人で独創性を活かせる仕事の方が成功しやすい

四柱推命1=天徳貴人×月徳貴人・趣味や道楽が高じて成功する例も多く恵まれた運命の持ち主

四柱推命2=文昌貴人・作家や学者が持つ特性で、学問や文学に才能がある

小さいときから勉強しているのを活かす仕事に就けば運気は最高です。

■鑑定結果(恋愛)

正直言いますと似た者同士です。あまり気持ちは薄いです。彼女は飽きっぽいですし、八方美人で男が言い寄ってくる体質です。しかし、仕事が好きですので結婚に向きません。

お付き合い出来たとしても音信不通になりやすいでしょう。余りお勧めできません。気持ちがあるように感じたのは似た者同士だったからです。

 

このように「集団より個人」「本質を見抜く」「趣味が高じて成功する」「作家や文学に才あり」「小さい時から勉強しているのを活かす仕事」というアドバイスにより、営業から物書きになりました。

 

※先程の知り合いの紹介の占い師アドバイスと同様の答えでしたし、よく考えれば昔から本を読んだり、何かを伝えるのが得意だった上、29時の時点で「観光趣味ブログ」を作っていたのもあり、それを自己PRの軸としてWEBライターになったのです

 

その結果、僕の個性や強みに合っておらず、毎日ストレスフルだった「苦痛だらけの通信系IT営業マン」から「文系才能を活かせる物書きに転職して天職に辿り着いた」のです。

 

 

とはいえ仕事に関しては良いアドバイスをもらえた一方で、片想い相談に関しては「これってどれだけ努力しても、両思いは難しいってことか…。」と、少し心の中で反発していました。

 

 

しかし彼女の個性やプロフィールを考えると、明讃先生の鑑定が正確でとても信頼できることもわかったのです。

 

僕が当時片想いしていた女性

八方美人で男が言い寄ってくる体質=昼職と夜職を兼業している女性だったので鑑定通り

正直言いますと似た者同士です=どことなく似た者同士と感じていたので鑑定通り

お付き合い出来たとしても音信不通になりやすい=何度連絡先を聞いてもはぐらかされた

 

このように付き合えないだろうなと薄々感じていながらも1年間アプローチし続けていたので、この鑑定を聞いて気持ちが吹っ切れたのです。

 

※誕生日プレゼントをあげたり、彼女の好きな物をプレゼントするなど、色々アプローチしたのですが、結局ダメでしたからね…。

 

もちろん「縁結び強化などでサポートを貰うという作戦」もありましたが、僕自身が気持ちを吹っ切ることができたので、ずるずると片思いを続けるより良かったと思いましたから♪

 

 

※ちなみに明讃先生は「西洋占星術」「霊数」「四柱推命」で自分の適正を占ってくれる他に、3つまで相談に乗ってくれるので、そこで「転職」「恋愛」「縁結び強化」などを相談すればOKですよ♪

 

※そして以下のリンク先では具体的な口コミ・評判などを紹介しているので、合わせて参考にしてください♪

 

 

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【30〜32歳】WEBライター体験談

目次

 

そして「工場のライン作業→事務職→営業職」という未経験職種転換の先にたどり着いた、【30〜32歳】WEBライター体験談についてご紹介していきます。

 

医療系会社でライター初挑戦

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まず僕は30歳になってから、医療系会社でライター初挑戦しました。

 

独学で2年ほど個人ブログを制作してはいましたが、プロとしてお金をもらって記事を書くのは初体験だったのです。

 

 

そして実際に入社してみると「これが天職だろうな…」とは思っていましたが、色々なダメ出し・添削を受けてちょっと鬱になったりしました。

 

営業としては数年のキャリアを持ってはいたので、それなりのことができるという自負はあったものの、WEBライターとしては新卒同然だったので、かなり手痛い経験をしたんですよね…。

 

しかも直属の女上司がヒステリー気味の厄介な姉ちゃんだったので、1ヶ月に1回は口論になったり喧嘩になったのも、鬱っぽくなった原因です。

 

クソ女上司との口論1

上司サイドの視点=記事の質にムラがあり、良い時は感動するのに悪い時は手直しが必要なくらい悪い

俺の視点=コッチは毎日一生懸命やっとるんじゃボケ!ムラなんか気にしとれんわ!アホか!

クソ女上司との口論2

上司サイドの視点=頻繁にトイレに行って席を離れているけれど、サボっているんですか?

俺の視点=生理現象じゃボケ!そもそも席からトイレが遠すぎるんじゃ!改善を求む!

クソ女上司との口論3

上司サイドの視点=いつもギリギリに出社してますけど、もっと早く来ないとクビにしますよ?

俺の視点=いやいや、遅刻ワーストに入ってるあんたが言うことじゃないでしょ?アホですか?

 

このようなトラブルが何回もあった上に「契約更新を3ヶ月→2ヶ月→1ヶ月」と短くされて脅されたので、「やってられっか!」とキレて、結局半年で自主退職することにしました。

 

とはいえ「自分の気持ちを正直に表現して伝える」という意味では、WEBライターという仕事に必要な能力だったので、神様からの引き寄せと天啓だったと今では思っており、感謝しています♪

 

転職系ライターで経験が花開く

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その後スグに就業先が決まったのですが、転職系ライターで経験が花開くという価値ある体験をしました。

 

具体的には先の会社と居心地が全く違ったのです。

 

各企業での就業感覚の違い

医療系サイトの会社=人材は使い捨て/成果を上げられない奴はゴミ/プライベートは繋がり一切なし

転職系サイトの会社=正規・非正規関係なく人財は財産/皆で仲良く楽しく一生懸命で休日も一緒

 

このようにとても働きやすい会社に移ることができたので、居心地良く経験を積んで働くことができました♪

 

しかも僕は人より「転職経験」「職種転換経験」を持っていたので、その経験を基にした記事作成が、自分にとても合っていたのです。

 

そのためその転職サイト会社で「読み手に行動を喚起する記事」「人の役に立つ記事」がどのようなものか手応えを感じることができ、それをベースとしてこのサイトを運営しているのです。

 

 

そして転職サイトライターとして働いていた時に、お世話になっていたネットワークビジネス組織の大改編(チームがネットワークビジネスを他へ異動決定)が契機となり、7年所属した組織を辞めました。

 

その結果「会社員×アフィリエイトサイト構築の副業×ネットワークビジネスという三足の草鞋」を卒業し、最終的に「アフィリエイトサイト構築の副業で独立」という引き寄せになったのです。

 

\“13ジャンル&全48種類=約40,000文字分”の自尊心UPテク!/

 

【32〜35歳】起業への独立体験談

目次

 

そして東京でWEBライターとして2年間経験を積んだ後に、【32〜35歳】起業への独立体験談へと移っていきます。

 

縁切り・運命鑑定体験

電話占い カリス ほのか先生
提供元:ティファレト

 

30歳から2年間「WEBライター」に転職して天職に辿り着いた後、縁切り・運命鑑定体験も経験しました。

 

そもそも29歳の時に占ってもらった当時「好きを仕事にする」という目標を達成して32歳になっていた僕は、その後の人生に関して以下の3点を迷っていました。

 

32歳の僕が迷っていたこと

東京残留1=友人とのルームシェアを続けつつ、WEBライターとして東京で働き続けながら、副業としてWEBサイト構築を実践

東京残留2=友人とのルームシェアを解消した上で、WEBライターとして東京で働き続けながら、副業としてWEBサイト構築を実践

名古屋里帰り=起業を志して地元名古屋に里帰りし、両親との直接対決を行いながら専業でWEBサイト構築を実践

→ただし名古屋里帰りは、8年間繋がってきたネットワークビジネスの師匠との師弟関係が強烈で、縁を切れる自信がなかった

 

このように人生を迷っていた僕は、再び電話占いを利用したのです。

 

そして電話占いカリスで、引越し・人間関係相談(ほのか先生)をさせていただきました。

 

■相談1

諒

今後の未来をより明るくしていく上で、参考になるアドバイスを頂けないでしょうか?

提供元:ティファレト提供元:ティファレト

まずあなたはコツコツ物事に取り組むのが得意なので、それを生かせる状況を作るのがベターです。さらに今回は“運命の輪”のカードが出ており、これから転換点の領域に入っていきますよ。安心してください。

■相談2

諒

新事業(教育関係)のヘッドハントを受けたのですが、今一歩踏ん切りがつきません。占っていただけますか?

提供元:ティファレト提供元:ティファレト

相手の期待がかなり大きく、今そこに取り組むのはあまりオススメできません。将来的に参画するとしても、具体的な貢献領域が不明確なままの状態では、相手の期待に押し潰される可能性が高いです。

 

このように20分程度の相談時間の中で、モヤモヤしていたことを相談させていただきました。

 

 

まず一つ目の相談は今後生活基盤をどこにしようかと迷っていた時だったので、東京の一人暮らしに一区切りつけて実家に戻る覚悟が固まりました。

 

さらに実家の馴染む環境で「運命の輪の転換点として、起業独立基盤を固める」という決意のきっかけを頂きました。

 

 

そして二つ目の相談は、師匠から「教育関係の新事業」を立ち上げたので一緒にやらないかと提案されていたのです。

 

僕はネットワークビジネスを7年で卒業していて、師匠もその後チームから離れて新事業に取り組んでいて「僕の参加も要請された」のですが、モヤモヤしていたので、ほのか先生に相談した次第です。

 

 

結果的に「そこに参画しても相手の期待に応えきれずに苦しくなるのが見えるという結果」を頂けたので、8年間の付き合いの区切りとして縁切りサポートをもらえたのです。(キチッと縁が切れてビックリしました)

 

このように仕事の相談はもちろん、両思い成就の縁結び強化や復縁相談なども含めて、「決断するための勇気が欲しい時」に、覚悟が決まるような具体的なアドバイスをいただけます。

 

だからこそ「占いは悩み解決に重要な指針をもらえる」と、自信を持ってオススメできるんです♪

 

 

※そして以下の記事では、具体的な僕のほのか先生への相談体験談や相談方法を紹介しているので、合わせて参考に使ってください。

 

 

実家に帰ってトラウマと格闘

目次 1

 

そして実家に帰ってトラウマと格闘の2年半が始まりました。

 

僕の人生でネックになっていた以下のトラブルの原因は、全て歪んだ親子関係から発生していたからです。

 

歪んだ親子関係から発生していた人生のトラブル

■父親との歪んだ親子関係から発生していたトラブル

正社員で入社してもスグトラブルで辞めてることになったり、派遣社員や契約社員など「頑張ってないとクビになる働き方」しか無意識で選べなかった

男性上司に一切意見ができず、いつも言われるままに従うしかなかった

お金はセミナーや研修費用にばかり使い(総額1,000万円)、自分を癒やしたり労う使い方や貯金が全くできなかった(強烈な自己否定)

■母親の歪んだ親子関係から発生していたトラブル

女性の先輩や上司とケンカになったり、クビになるトラブルが何回も発生した

恋人を作れてもスグ別れてしまうなど、最大で半年しか続かないなど、6回も失敗続きだった

 

そして「運命の輪」を転換する為に、自分の人生を不幸にする歪な親子関係と直接対決をスタートしたのです。

 

歪んだ親子関係トラウマ(父親)

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ちなみに歪んだ親子関係トラウマ(父親)である「父親との関係が不健全になり、12年間の貧乏生活を引き寄せ続けた原因」が、手首を切って自殺しようとした17歳の時のトラウマです。

 

当時の僕は「高校3年生の受験生」であり、高校も通学最低限にして「毎日受験勉強に没頭」していたのです。

 

しかし「受験経験者は周りに誰もいない(高卒の父・母)」という環境で孤独に頑張っていたストレスが頂点に達して、妹2人が笑って談笑している時にイラッとして「おい、静かにしろよ」と部屋の扉を蹴ったのです。

 

 

その時は休日で両親ともに家にいたのですが、父親が俺の部屋に入ってきて「お前が全部悪い!」というスタンスでうるさく怒鳴りつけてきたのです!

 

その出来事に対して「なんだよ?お前が大学行けって言うから頑張ってるのに、何で寄り添いじゃなく叱るだけなんだ?」と、再びイラッとしたのです。

 

そして怒りがガマンできずに自分の部屋の障子を殴りつけて壊したら、今度は親父が同じく部屋に入ってきて、俺を羽交い締めにしてこう言ったのです。

 

親父が言った一言

お前は俺の息子だろう!?何やってるんだ?

俺の内面→クソ親父が大学行けって言うから頑張ってるのに、ガミガミうるさいわ、意見は言わせないわ、頑張ってるなの一言の褒めや労いもないわ。死ねよクズ親父

 

そんなドス黒い感情が湧いてきたのですが、当時一切父親への反論・反抗が出来ないように自尊心をボッコボコにされていたので、悔しくて泣き崩れたのです。

 

そして釣りで使っていた「多目的に使えるツールナイフ」を机から取り出して、手首に当てて自殺しようと試みたのです…。

 

 

結局寸前のところで手首を切ることを踏み止まれましたが、その時から「イヤなことやネガティブなことがあったら手首を切りそうになる」という負の習慣が染み付いてしまったのです。

 

そのためこれ以降「何らかの意見表明をすると“諒一ぃぃ!”と親父にド叱られるイメージ」がどんどん強化されていきました…。

 

 

その結果「新規開拓の営業に転職してド叱られる毎日」「上司とケンカしてクビになる」「思い通りの現実が作れず貧乏・派遣などの不安定生活」が12年も続いたのです。

 

歪んだ親子関係トラウマ(母親)

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そして「女の先輩や上司とのトラブル」「恋人と長続きしない」という原因を生んだ歪んだ親子関係トラウマ(母親)は、「母親に縛られて反省させられたトラウマ」です。

 

ぼくは彼女と別れたり、音信不通になる原因として、「好きだよ」「愛してるよ」と本音で伝えられずに、自然消滅してしまうことが多かったのです。

 

そのため「なぜ自分が本音を伝えるのが苦手だったのか?」を真剣に考えて、過去のトラウマを思い出したのです。

 

 

僕は幼少期に母親に反抗して、その時に手足を青色のビニールテープで縛られて反省させられたのですが、その結果「女性に対して感情を出すのが恐怖」「束縛がイヤ」になったのです。

 

歪んだ親子関係トラウマ(両親)

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そして「派遣社員などのクビリスクを背負った後でクビになり、親から支援金をもらったり失業保険給付を受け取る原因」となったのが、歪んだ親子関係トラウマ(両親)の記憶です。

 

小学生頃の記憶だと思いますが「自分に正当性があるのに親父に怒られまくって、思わず家出した」のです。

 

とはいえ夜中に小学生が家出するといっても「せいぜい家から数百メートル程度離れる程度しかできなかった」ので、結局諦めて泣きながら家に帰ったのです。

 

 

しかしその時に「両親を心配させて仕返しできた」「ハグされて愛の実感を得た」ことから、無意識に「腹が立ったら家出で心配させて仕返ししてやれ!」というトラウマを形成してしまったのです。

 

そのため実家に帰ってからも同様の現象を引き起こし続けて「お前らの育て方に問題があったから、俺はこんなに苦しんでいるんだぞ!」という仕返しトラウマを続けました。

 

実家で表面化した現実問題

WEBライター時代に貯金した約50万円を持って実家に戻ったが、アフィリエイト収入が月3万円を超えずに、ずるずる貯金が減っていって底を突いた

お金が底をついた所でコロナ10万円給付を受け取り、多少生き延びたがまた底を突いた

親から20万円の支援を受けたものの、再びずるずる貯金が減っていって、また底を突いた

メルカリで売ったりしながら身の回りを徹底的に断捨離してお金を作ったが、それでも底を突いた

 

このような「父親へのトラウマ」「母親へのトラウマ」「両親や親の家への仕返しトラウマ」と2年半ほど格闘し続けたのです。

 

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【35歳】トラウマ克服+起業成功体験談

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そしてこのような「生きていくこと自体が辛い原因」となった状況を克服成功した、【35歳】トラウマ克服+起業成功体験談を引き寄せました。

 

親に対して何度もキレる

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僕のトラウマの全ての原点は「親から言われたことは承服できなくても全てYESと答えざるを得ない状況」から発生していたため、親に対して何度もキレるというチャレンジを何度も繰り返しました。

 

まず母との歪んだ親子関係に対しては「自分の本音を伝える→母親が否定してくる(ビニールテープで縛るトラウマ再現)→父親を呼ぶ」という繰り返しが何度も起こりました。

 

 

同様に父との歪んだ親子関係に対しても「自分の本音を伝える→父親が否定してくる(ナイフで自殺しそうになったトラウマ再現)」という繰り返しが起こりました。

 

※母親の場合は、自分の正当性を通そうとすると父親を呼んで、結局僕が悪いという結論を強制してきたわけですね…。

 

 

その結果「必ず親が正しいという結論に持ってかれそうになるし、ある意味脅されるので、その度に正論で対抗したり、脅し返す」という行動を何度も繰り返して対抗したのです。

 

脅され脅し返しのチャレンジ経験

ファミレスで話していた時に父と口論になり、父は机を全力で叩いて「お前が悪い!」という結論で無理やり集結させられた

母親と口論になった時に「そんなこと言うなら警察呼ぶわよ!」と脅された

父が僕の意見を気に食わないと思った時は、大声で咳き込み始めたり、おならをしたり、机を叩いて萎縮させられた

 

このように「僕を萎縮させて“お前が間違っている”という結論を強制させる」という理不尽な現実に何度もぶち当たりながら、それでもその現実を突破するためのチャレンジを続けたのです。

 

イヤな事はキッパリ断る練習

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ちなみに親の意見をしっかり貫き通す為に、イヤな事はキッパリ断る練習をスタートしました。

 

イヤなこともYESと答えさせられてきた僕からすれば、まさに矯正トレーニングだったのですが、「TVを見ている時にツッコミやイヤミを入れる」という練習を続けたのです。

 

■TVへのツッコミやイヤミ例

クロちゃん本当に気持ち悪いなぁ…。

こんな犯罪者、死刑にすれば良いのに…。

ギャル系芸能人ってノリばっかりでうるさいなぁ…。

 

こういったネガティブに感じた気持ちも、自然に吐き出すクセを付けていったわけです。

 

諒

今の言葉不愉快なんだけど?おかしいでしょ?

 

このようにイヤなことはイヤと言えるようになる訓練を継続し続けたのです。

 

筋トレして丹田を鍛える

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筋トレして丹田を鍛えることも継続しました。

 

丹田とは「おへその拳一つほど下」にある、人のエネルギーの源になっている場所であり、これが「人対人のエネルギーバランスの上下関係」を生み出します。

 

もちろん殴り合いでは体術や格闘技、筋力などで勝敗が決まるのですが、言い合いや討論、覇気やオーラといった「目に見えない勝敗」は、この丹田のエネルギー量で決まるのです。

 

 

そのため筋トレの中でもとくに「腹筋(バランスを取るためにプラス背筋)」を鍛える事で、声がよく出るだけでなく「エネルギーを相手にぶつける力」を鍛える事ができました。

 

他にも「最悪後期高齢者手前の親父やお袋が襲ってきても、殴って制圧できる」という自信にもなったのです。

 

撃退成功イメージを刷り込む

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撃退成功イメージを刷り込むことも徹底しました。

 

具体的には「部下や下の存在が、上司や上の存在を倒す映画・ドラマ・アニメを見る」ことを実践したのです。

 

そしてパワハラ上司を撃退する成功イメージを刷り込む上で、僕が参考にしたメディアは以下の通りです。(過去に見たものも含めて)

 

パワハラ両親を撃退する作品例

■映画

蘇る金狼(昼間はしがない会社員だが、夜は凄腕の殺し屋として幹部(上司)を脅して会社を乗っ取る物語)

アベンジャーズ(アメリカのヒーローたちが集結して、悪の組織を崩壊に導くアクション映画)

■ドラマ

半沢直樹(数々のパワハラ上司を撃退していき、会社を良くしていく主人公の物語)

不毛地帯(山崎豊子の描く戦後日本の商社を舞台に、社内のパワハラ上司を撃退しながら昇進していく)

下町ロケット(弱小下町工場が、大手企業の横暴で会社を潰されそうになりながらも成長していく物語)

■アニメ

進撃の巨人(蹂躙してくる“謎の巨人”を小柄で弱小な人間が倒しながら、世界の真実を暴いていくアニメ)

キングダム(貧乏な孤児でありながら剣の腕を磨き続けた主人公が、後の秦の始皇帝と共に中華統一を果たす大将軍になっていく物語)

■特撮

仮面ライダー(悪の組織から平和を守る、ヒーローの物語)

戦隊シリーズ(仮面ライダーは一人or二人で戦うが、戦隊モノは団結して悪を倒すヒーローの物語)

ウルトラマン(主人公が大きくなって、大きな怪獣を倒すヒーローの物語)

潜在意識浄化で親と心理的和解

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そしてこれらのことや、以下のリンク先にて詳細を紹介しているテクニックを用いて、潜在意識浄化で親と心理的和解を達成しました。

 

なぜなら「父親・母親に不愉快な行動や発言をされれば“不愉快だ”“イヤだ”“キライだ”としっかり意思表明できるようになった」からです。

 

しかも経済面で言えば「父親から、高校時代の自殺する寸前の状況だった僕の辛さを理解して、謝ってください」と伝えて、誤ってもらい毒親浄化を達成しました!

 

 

そしてこの根幹が「2011年8月初旬にコミットして、約12年越しに達成した月収100万円という現実」だったわけです。

 

これは「父親が最高年収1000万(月収約83万)の男だった為、抑圧を克服する為にはそれを超える“現実的影響力を手に入れる”必要があった」からだと、達成してから気付きました。

 

そのために10回も転職・失業したり、理不尽で辛い体験を何度も経験したり「自己投資1200万円」という大金を自分の注ぎ込んだわけですね(笑)

 

 

※ちなみに先程「人のエネルギー料は丹田で決まるから鍛える」とお伝えしましたが、一番増えるのは「覚悟を決める体験」と言われています。

 

そのため「10回の転職・失業経験及び4回の職種転換」「既卒で東京上京」「12年間の副業・起業挑戦」という「腹に力を貯める(丹田を鍛える)経験」を引き寄せたのです。

 

潜在意識変革で現実が変わる

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ちなみに潜在意識をご存知ない場合に備えて、潜在意識変革で現実が変わるという話も補足しておきます。

 

そもそも「自分が経験している現実は、過去の出来事から形成した“信念(思い込み)”が原因」であり、イヤな現実はその「間違った信念・思い込みを書き換える」必要があるのです。

 

そしてその「信念・思い込み」を司っているのが「潜在意識」と言われている無意識領域であり「認識している意識=顕在意識」と区別されています。

 

潜在意識・顕在意識の違い

潜在意識1

顕在意識=お昼ご飯を何にしようか考える・人と会話するなど「自分がしっかり意識している事」

潜在意識=歩く・走る・自転車を漕ぐ・車を運転するなど「かつては意識して行っていたことも、現在は無意識でやっている事」

 

このようなものが潜在意識であり「道路では歩道を歩く」「包丁は食事を作るもので、自分や人に刺しては危ない」「火元には近づかない」など、生命維持も担う重要な役割を持っています。

 

 

しかしこれが僕のように「年上の男性・女性に逆らうとナイフで刺される」「定期的に家出(失業)して、援助を貰わなければならない」という、歪な潜在意識も形成してしまったりするのです。

 

トラウマを浄化するのは怒り

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そしてこのような「トラウマとも言える歪んだ潜在意識の信念」を克服するのに必要な要素として、トラウマを浄化するのは怒りとも言えます。

 

なぜなら「トラウマとなった歪な潜在意識の記憶」は、たいてい「怒りをガマンした結果引き起こされる」からです。

 

 

例えば僕の場合は「良い子で聞き分けが良い時だけでなく、ありのままの自分を愛して欲しかった哀しみから来る怒り」「僕の意見もきちんと聞き入れてほしかった怒り」などが根底にありました。

 

そしてこの「未消化の怒り」が溜まっていくほど、喜怒哀楽に影響を与えて、心の病を引き起こしたり、納得のいかない現実の引き寄せが起こり続けるのです。

 

そのため心理学の世界では、以下のように「未完了の怒り」を適切に解放することによって、理想的な現実引き寄せを加速できると言われてます。

 

喜怒哀楽

 

もちろん適切な怒りの処理とは「憎しみの対象を直接殺す」「誰かに同じことをして鬱憤を晴らす(いじめ)」などでは、残念ながら消化できません。

 

そしてこれに関しては以下のリンク先にて紹介している「専門の潜在意識の怒りやトラウマ浄化ワーク」を実践しなければ、浄化は難しいです。

 

辛く苦しい12年間で得た自尊心

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このような「強烈な自己否定」「何度も死にそうになったトラウマ」と七転八倒してきた僕ですが、そのような辛く苦しい12年間で得た自尊心が何よりも誇りとなりました。

 

我ながらよく頑張ってきた12年間でしたし、具体的には以下のような誇り・自尊心を育んで来れたのです。

 

トラウマを克服するために得たもの

東京に上京して「上場企業勤務5年」「事務職・営業職・WEBライター職」のスキル・経験を得た

新橋・赤坂・六本木の超有名企業で働くことができ「一流のビジネスマンという誇りと自尊心」を得た

自分は愛されて生まれてきて、今なお愛されて生き続けているという「自己肯定感」

良いと思ったものは良い、悪いと思ったものは悪いと誰に対しても堂々と言える「本音で生きる心」

自分の人生は自己決断して生きるという「TOPの意識」(I am the master of my fate. I am the captain of my soul.=我は運命の主人であり、我が魂の船長である)

両親(親父・お袋)への心理的劣等感を克服し「両親との心理的和解」を達成

ネットワークビジネスの師匠に出会って失ったもの

過去の友人との繋がりや関係(勧誘はしてないが俗にいう友達を無くした=単純に話が合わなくなった)

会社や何かに依存して生きる「末端意識」(注:会社員でも「TOPの意識」で生きる、素晴らしい方は沢山います)

将来(お金・人間関係・健康など)に関する不安

自己投資に約1,000万円使ったので、本来なら20代で遊べるはずだった旅行代・衣服代・車代・遊興費(でもこの自己投資がベースとなって月収100万達成できたので、これで良かったと思っています)

 

このような人生を経験できたことからも「自殺衝動というトラウマを乗り越えた」「強烈な影響力を育む為に、10回も転職・失業を乗り越えた」という自分を、今では誇りに思っています♪

 

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まとめ

 

以上が転職10回経験を経て3回目で起業成功した漢の体験談ブログ!20代〜30代の12年で月収100万円達成した強烈な影響力のある男の激動人生まとめのご紹介でした。

 

自分の気持ちに正直になってチャレンジした経験は「自信という財産」になりますから、誇りを持てる決断をしましょうね♪!

 

挑戦をするメリット

チャレンジした経験や成功体験ができ、さらに自分に自信がつく

理想の自分の人生に近づき、さらに自分が好きになる

ムリのない人生に近づくことで、メンタルにとても良い

挑戦をしないデメリット

「また自分はチャレンジしなかった」と後悔が増える…

今の自分から何も変わらず変化ナシ…

何もしない自分が今よりもっと嫌いになる…

 

あなたの自尊心が高まるように、この記事に出会った以上、今スグ1mmでも自分を変えていきましょうね!♪

 

強烈な影響力のある男が、あなたの成幸をお祈りしています♪

 

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